昨日5日は、こどもの日。「こどもの日人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する日」として、設けられた国民の祝日である。
いつも時代にあっても、子どもは、未来を開き担うゆめと希望と可能性の象徴であると思う。しかし、昨今、その子どもをめぐる暗いニュースが後を絶たない。悲しく痛ましい事件が報道されるたびに胸が締め付けられる思いがするのは、私だけではないだろう。「政治は、母と子の幸せのためにある」とは、フランスの知性アンドレ・マルロー氏の言葉である。
「こどもの日」にあたって、私たちはもう一度、政治の果たすべき責任の重さを噛み締め、子育て支援に取り組む決意を新たにすべきである。
残念ながら、わが国においては、政治においても、メディアにおいても、子育て支援に対する認識や理解はとても十分とは言いがたい。ちなみに一昨年12月、ある新聞社が「公明党の成果が児童手当や奨学金の拡充ばかりでは情けない」という社説を掲げ、自らの稚拙さを露呈したことがあり、物議をかもした。
よく知られているように、社会保障の父ベバリッジが1942年に「ゆりかごから墓場まで」と言われる英国社会保障制度の構築に着手したとき、まず最初に導入したのが児童手当であった。その後、欧州各国は児童手当を制度化していったのです。
子育て支援は、国の存亡を懸けた国家的な大事業である。子どもたちが、自らの無限の可能性を信じ、夢と希望を持って伸び伸びと輝ける社会の構築へ頑張りたいと思います。